Informal Public Life インフォーマル・パブリック・ライフ

パリのモンソー公園
パリのモンソー公園


 どうしてお花見に行くんでしょう?ただ桜を眺めるため?綺麗な桜だけでよければ、家の近所にだってあるものです。けれどもあのお花見らしい雰囲気全体を味わいたい。そこに行くとなんだかうきうきした気分になれそうだから・・・

「インフォーマル・パブリック・ライフ」とはアメリカの社会学者、レイ・オルデンバーグが著書『The Great Good Place』の中で描写している、老若男女が行き交い、ちょっとした時間を過ごし、なんだか楽しそうな雰囲気のある場での過ごし方。まさに日本のお花見はインフォーマル・パブリック・ライフそのものと言えるでしょう。インフォーマル・パブリック・ライフには祝祭的雰囲気があり、場がキラキラした雰囲気を放っているようで、その眩しさに思わず目を細めてしまう程。それを目にした人はそこに何があるのか知らなくっても、つい覗いてみようかという気になって、ますます人が集まります。インフォーマル・パブリック・ライフはある時はそこに出現するし、ある時は存在しない、なぞなぞのようなもの。噴水のまわりでたわむれる子供達、それを眺める周りの人たちのゆったりとした時間。お花見をする人たちとそれをつい眺めてしまう歩行者達。同じ場所でも夜にはインフォーマル・パブリック・ライフがなくなったり、桜の季節が終わってしまえば誰も来ないことも。インフォーマル・パブリック・ライフは公共空間とそこを訪れる人との相互作用によって出現すると言えるでしょう。
 
 インフォーマル・パブリック・ライフがあると人生にちょっとした魔法がかかるよう。そこでは人と人とが知らないうちに相互作用しあい、誰かが誰かに笑顔を与え、幸せにしてくれる。そこに行きさえすれば気分がちょっと浮き立ってくる。だから私たちはこれといった目的がなくてもその場をぶらついてしまうのです。
 インフォーマル・パブリック・ライフは夢見心地になれる場所。なんだ、こんな生き方もあったのか。自分が抱え込んでいた生き方だけが1つの答えではなかったのかも・・・目の前の楽しそうな人たちを羨ましそうに眺めることで、自分の気持もどこかへ飛んでいく。そして、その場を離れる頃には重大だった悩みが小さく思えているかもしれない。インフォーマル・パブリック・ライフは社会的治癒力をもった場とも言えるでしょう。だからこそインフォーマル・パブリック・ライフがあると人が集まり、その近くに住みたいという人が増え、結果的としてその街の地価が上がっていくのです。
 
 インフォーマル・パブリック・ライフはあたたかい。そこには人が欲しいと思っていたあたたかみが凝縮してる。幸せそうな顔の人たち、どこからともなく漂う香り、威勢のいい掛け声、家族連れ、赤ん坊、どんどん溢れてくる人たち、色とりどりの野菜・・・「大丈夫、人生そんなこともある。それでも生きてる人もいる!」そういう場所が街にある。人が声をかけあって生きている。かつては世界のどこにでも存在していたそんな場所。マルシェ、バザール、商店街、縁日・・・そこで交換されていたのは貨幣と物だけではなかったはず。人間同士のエネルギー、ちょっとした思いやり、声の掛け合い・・・

 インフォーマル・パブリック・ライフは懐が深い。インフォーマル・パブリック・ライフに参加するにはほとんどお金がかからない。お金持でもお金がなくても平等にそこに居られて、素敵な空気に触れられる。例えお金がなくっても、私たちはその空間に参加しているだけでなんだか幸せな気分になれる。それこそがインフォーマル・パブリック・ライフ。


 パリはインフォーマル・パブリック・ライフに満ちた街。だからこそ世界中の観光客をとらえて離さないのでしょう。東京にもインフォーマル・パブリック・ライフは点在している。下町のように昔からそれが存在するところもあるし、二子玉川ライズのように、新しくそんな場を作ろうとして頑張っているところもある。世の中にもっとインフォーマル・パブリック・ライフを楽しめる場が増えていったら、私たちは全てを自分で抱え込まずに解決策を見いだせるようになるだろう。サードプレイスというのはあくまでインフォーマルパブリックライフの拠点。潤いのある人生を送るために、そしてその街に人が集まるためには公共施設と家だけがあればよいのではなく、インフォーマル・パブリック・ライフ、そしてその中核となるカフェのようなサードプレイスの両方が必要なのです。


 ※オルデンバーグはインフォーマルパブリックライフを以下のように描写しています。

「住民達に魅力あるパブリック・ライフを提供している街や都市を見分けるのは簡単だ。都市社会学者が「すきま空間」と呼ぶスペースが人々で満たされているかどうか。道路や散歩道、公園や大通りなどに座っている人、立ち止まる人、歩行者等がいる。有名なパブリック・スペースは今日のショッピングモールで歓迎されるような上質な服をまとった中流階級の人々だけに開かれているわけではない。高齢者も貧しい人も弱い者も彼らの中に交じっている。その地域の全ての階層の人たちが姿を見せている。(中略)典型的な道は大きなベビーカーでも通ることができ、若い母親が生まれたばかりの赤ん坊とともに外にでるのを促してくれる。座れる場所は豊富にあり、子供達は道端で遊んでいる。」"The Great Good Place" p.14 Ray Oldenburg(拙訳)