世界の喫茶文化、世界のサードプレイス

私の専門は20世紀前半のパリのカフェ文化。とはいえ昔から慣れ親しんだ飲み物は、緑茶、紅茶、ハーブティなどのお茶でした。身体があまり強くないため、コーヒーは1日3杯、ワインは1日2杯くらいが限度で、体調を崩した時に真っ先に飲めなくなるのもこの2つ。カフェ文化を研究し、ワインも仕事で必要なのに・・・と自己嫌悪に陥ることもありましたが、『お茶の歴史』(ヴィクター・H・メア、アーリン・ホー著)という本に出会ってから新たな糸口が見えた気が。日本の茶道と中国茶、イギリスの紅茶は何も関係がないようで、実は中国の茶の樹でつながりっている。貴腐ワインと上質な緑茶の栽培方法にもなんだか共通点があるような・・・日本語で喫茶店というとお茶を飲むお店ではなくコーヒー店を意味するのも不思議。「喫茶去(何はともあれまずはお茶でも)」という言葉は中国茶館の店名でもあり、茶道の茶室の掛け軸にも書かれている・・・喫茶のある光景に昔から強い憧れを抱いてきた者として、今後は世界の喫茶文化により目を向けていきたいと思います。

フランスのカフェ文化

パリ、サン=ジェルマン・デ・プレのカフェ・ド・フロール
パリ、サン=ジェルマン・デ・プレのカフェ・ド・フロール

 フランスでは「茶」というものに独特の響きがあるようで、「私は紅茶を飲む人間なの」という言い方には「私は普通の人とは違うのよ」というニュアンスを感じます。紅茶を楽しむマリアージュ・フレールのような「サロン・ド・テ」は今でも上流階級のマダムたちの気晴らしの場という雰囲気。


 それに対してどこまでも一般に浸透しているコーヒーはまず朝ご飯に一杯(フランスでは朝食にコーヒーしか飲まない人も)。コーヒーなしではフランスの日常は始まりません。家庭でのコーヒーは大きめのカップで飲むコーヒーが主流ですが、カフェで「コーヒー」と注文すると出てくるのはエスプレッソ。何はともあれまずコーヒー!という文化が根付いているフランスでは、駅や学校内などにもエスプレッソの飲める自動販売機が設置されており、150円程度で美味しいエスプレッソがどこでも飲めてしまいます。しかもたいていのカフェでは実はエスプレッソの持ち帰りができるとか。素敵な公園の近でにカフェを見つけたら、お店の人に頼むとプラスチックカップにエスプレッソを入れてくれるそう。緑の下で楽しむエスプレソはまさに悦楽。

イタリアのカフェ、バール

世界に誇る公共空間、広場の伝統を持つ国といえばイタリアです。イタリアはフランスよりも圧倒的に広場の使い方がうまいのです。その中でも特に人が集まる広場にはたいてい3軒以上、オープンテラスのあるカフェやレストランが並んでいます。ヴェネツアのサン・マルコ広場には生演奏を聞かせる3軒のカフェが世界中の観光客を引きつけてやみません。カフェがあるからこそ来訪者たちはゆっくり座り、そこに佇む権利を手にすることができ、サン・マルコ広場に来た!という喜びを噛み締めていられるのです。とはいえそんな高級カフェに誰しもがいつでも行けるわけではありません。広場の良さは、カフェに行きたければ行けるとはいえ、行かなくても居場所が用意されていること。サン・マルコ広場では演奏を立ち聞きする人たちも大勢いますし、それがいつか未来の顧客になることをわかって店側も無料で聞かせているのです。広場を使った年に2度の馬のレース、「パリオ」が終わったばかりのシエナのカンポ広場では、お祝い気分の人たちが広場を囲むカフェやレストランに集います。でも夜のレストランはお金がかかる、とはいえその気分を楽しみたい。そんな人たちは舗装された広場にお酒を持ち込み、座り込んで仲間とお祭り気分を楽しみます。カフェがあることでより華やかでかつ安心感がある広場ができる一方で、広場は誰にでも開かれている、懐ろの深い場所なのです。

写真左上 ヴェネチア サンマルコ広場のカフェ

右上 ヴェローナ アレーナ前のカフェ、レストラン

写真下 ともにシエナのカンポ広場 左はパリオの前、右はパリオ直前

ウィーンのカフェ文化

ウィーンも「カフェに囲まれた街」と言われる程カフェの多い都市。19世紀末には青春ウィーン派と呼ばれる作家たちや、クリムトなど、分離派の画家たちがカフェに集まりました。「あらゆる新しいものに対する最良の教養の場は依然としてカフェであった。」と書いた作家のシュテファン・ツヴァイクも若き日にウィーンのカフェに集った一人。ウィーンでは今でもカフェが大切にされており、ちょっと入るのに勇気がいる静かなカフェには沢山の新聞があり、ゆったりとした上質な時を過ごせます。小さな窓に沿ってつくられた向かい合わせの席や、ビリヤード台などはウィーンのカフェの昔からの特徴だそう。

 

写真左下は青春ウィーン派の集ったカフェ・ツェントラール。中央は分離派も集ったムゼウム。右側はお菓子でも有名なシュペルル。

 

日本の喫茶文化

日本は様々な喫茶文化が共存している世界でもまれな国かもしれません。コーヒーにこだわるカフェに、アフターヌーンティ、日本茶の専門店から中国茶館まで。普段の生活では馴染みの薄い茶道も、千利休以前からの歴史を脈々と現代に伝えています。

 今でこそ日本茶は普通の存在ですが、かつての茶の尊重のされ方は想像を超えるほど。江戸時代や明治初期に来日した外国人たちも茶道具の値段の高さにびっくり仰天(現代に生きる私も!)。また、御茶壺道中といって宇治から江戸に新茶が運ばれる際には大名も駕篭から降りなければならず、街道沿いに住む人たちは街道の掃除を命じられていたそう。「ずいずいずっころばし」という歌の「ちゃつぼに追われてとっぴんしゃん ぬけたらどんどこしょ」というのは茶壺が来るから戸を閉めなければならず、それが通り過ぎたらどんどこしょ(ほっとする?)という歌だそう。抹茶をたしなむ茶道の対極的なものに煎茶道というのも。こちらは形骸化していく茶道に対してもう少し気楽に煎茶を楽しみ、ゆるやかな雰囲気で江戸時代の文人達が楽しんだそう。今では茶道並みのお点前やこまごましたお道具があり、京都萬福寺では煎茶道のお茶会が開催されています。 

写真左下は静岡のお茶処、中央は浜離宮の中島の茶屋、右下は日本茶のお店「茶の葉」にて

中国の喫茶文化

日本の緑茶もイギリスの紅茶も、そしていわゆる中国茶も、もとをたどれば中国の茶の樹に行き着きます。長年に渡って中国が世界に与えてきた影響や中国への羨望のまなざしというのも、現代からは想像がつかない程激しい憧れだったそう。ヨーロッパの陶磁器にも、イスラームのタイルにも中国の文様は影響を与えてきました。もちろん日本の茶文化ももともとは中国に渡った僧侶たちが持ち帰ったもの。茶道でも初期は中国の茶碗が尊重されていたそうです。ヨーロッパにカフェ文化があるなら中国にも茶館の文化があり、中国の詩人や芸術家たちは茶館で芸術を論じていたそうです。茶館はゆっくりと茶をすする場所という認識が今でもあるようで、日本にある中国茶館でもシュンシュンと湯気を出すやかんがテーブルの上に置かれ、7煎目くらいまでのんびり楽しめます。なつめ(デーツ)やくこの実などのドライフルーツや、点心も豊富です。ちなみにイギリスの船文化が発達したのは中国から新茶を一刻も早く持ち帰るために船会社が競い合った結果だそうですよ。

写真右下は中国の太極茶藝。太極拳のような激しい動きをしながらお茶を注ぐもの。